坂東の水旅 – 再びの利根川は雨上がり –

 関東平野が織りなす放射冷却の寒さに、ことごとく大敗を喫した前回の水旅より、教訓を経て1つテントを一新。

 ARAI TENT(株式会社アライテント)の「ビビィシェルター」を薦めてくれたのは、石井スポーツ横浜店のスタッフの方。どうやら冬季も登山するとのことで、テントよりも小さくツェルトよりも堅牢なシェルターを薦められた。
 なるほど、プロに尋ねることは大切だ。

 新たな道具を持ち、再び利根川旅へと臨んでみた。

雨上がりの利点

 二十四節気の中で、「雨水」という季節に旅をする。例年観察していると、この季節の始まりは、その名のごとく雨なのだ。

 カラカラに乾いた川が、瑞々しく増水するチャンス。そして、変わらず吹く空っ風を真後ろから受けて、最も速く旅をする算段だ。

 ただし、春一番という爆風が吹く時期でもあるので、天気をよく眺めながら旅をする。撤退の機会を逃してはいけない。

 今回は、思川の観晃橋(栃木県小山市)から離陸。栃木市から流れる巴波川と思川とは、20km先で合流する。その先は前回と同じ航程だ。

絶好調の旅路

 観晃橋を朝6時に出発。

 浅瀬を抜けながら、乙女河岸(現在の間々田)下流の難所を上手く交わすと、思川と渡良瀬川(先述した巴波川は渡良瀬川と合流し消滅)との合流地点までやってきた。

思川から渡良瀬川(写真右から橋方面)へと合流する

 持参したバナナの皮を向き、ココナッツミルク(練乳のような)をかけて甘くなったバナナを頬張る。少し遅めの朝食だ。

 この合流点から渡良瀬川と成った下流側を眺めると、強烈な風が吹き抜けているのがよく分かる。水面を風が抜ける場所は、水面の色が濃くなればなるほど、風は強くなる。そのサインを見逃さないことが大切だ。

 天気予報によると、この日の風向きは常に追い風。朝食を摂り準備万端の心地で、この風を全身に孕み渡良瀬川を滑走していく。速い、あっという間に三国橋を過ぎて利根川までやってきてしまった。

 利根川へ合流すると、大きく波が立っていた。強烈な風で生み出される風波だ。SUPの業界ではダウンウインドというコンディション。そのコンディションに対応するべく、敢えてボードの後方へ荷物を多く配置してみた。前方に重量がある状態で風波に乗ると、舳先が前の波へと刺さり失速する。これを回避するために、なるべく自らも後方へと移動し、後ろ荷重で波に乗っていくことが寛容だ。

前方(舳先)は軽装、後方(艫)は重装

 カヌーというパドルスポーツの中で、SUPのメリットは、乗る場所を自在に変えることができる…その利点を最大限に活かす。こうして、エンドレスサーフィンタイムが始まった。

エンドレスサーフィンタイム

 波に乗りながら国道4号線の架橋を抜けると、自衛隊が渡河訓練を行っていた。こんなコンディションで良くやるもんだ…と私は関心していたが、自衛隊の立場からすれば、なんだアイツは…だろう。訓練に協力したいが、先を急ぐ。

自衛隊の渡河訓練。利根川沿いでは大規模な消防訓練、水難訓練も行われている

 利根川と江戸川の分岐点までやってきた。ここ五霞の河岸で前回野営したのだが、時刻11時。1日目を終えるには未だ早く、この速い流れに乗って先を急ぐ。

 圏央道の架橋を視界に捉えた。年度末という時季に気をつけなければならないのが、予算消化の工事を頻発されることだ。この架橋も漏れ無く予算消化のため、川一体にオイルフェンスが浮かび工事中。唯一中央のみが通航できる状態。もし、川の流れにのったまま浮かんだオイルフェンスに突っ込むと、流れとオイルフェンスの間に身体が挟まり抜け出せない、間違いなく命を落とす。こういう場合は、早めに航路表記の案内をしたほうが良いが、その辺まだ認知されていない。

工事中の圏央道架橋

 このように視界で情報を捉えながら、後ろからの風と波に乗り漕ぎ抜けていくエンドレスサーフィンタイム中は、非常に集中力を要する。もし落水すると厄介なので、動体視力と判断が常に連動する世界だ。あっという間に前回のゴールである取手河岸(茨城県取手市)までやってきてしまった。時刻は15時なので、40kmの航程を4時間で旅してきた計算になる。

取手にある観光船「とりで号」 ここは小堀の渡しとして古くから渡河ポイントであった

三日月に見守られて

 取手を過ぎても漕ぎ続けると、川の流れが弱まり、ほぼ流れはなくなった。いわゆるフラットウォーター。ここまで増幅してきたアドレナリンが、ふっと抜けて脱力した心地になった。それでも漕ぎ続けるのは、このまま夜を迎えても構わないという良い意味での精神状態だ。

茨城県利根町と千葉県栄町を結ぶ若草大橋の上空に三日月

 日没を迎えると、後方に三日月を確認した。この世界で最も明るいのは、これから沈もうとする三日月だ。月に見守られている内は漕いでも良いかな…と思っていると、バシャッ…何かが水面を跳ねる音。暗闇の中でハクレンという巨大魚が跳ね出した。

 この利根川の下流、水郷地帯のツアーを行っている最中に良く跳ねる外来魚だが、全く良い印象が無い。そそくさと、近場の河岸で上陸し1日目を終えた。ここまで90km、風と波に押されてやってきたが、よく漕いだものだ。