伊豆諸島訪問記 – 決断 –

撤退の決断

 8日目の朝、私は島渡りを辞める決断をした。

 当時、リアルタイムにSNSへ書き込んだ投稿を、そのまま引用する。

8日目
おはようございます。気持ちのいい朝です。
さて、昨夜私はある決断をしたので、ご報告いたします。
今日で伊豆諸島単独シーカヤック縦断旅を終わりにします。
つまり、この利島から伊豆大島へ渡り、それから本州島へと渡る遠征を辞め帰還します。
応援していただき、有り難うございました。

遠征中断の理由を聞かれても、正直はっきりとは表現できません。
強いて挙げるならば、イメージができないから。
イメージというのは利島から大島まで渡るルートを考えるに辺り、
実際の潮の流れ、そして風の吹き方、さらに黒潮の影響を考慮しても、イマイチ確かな生還するイメージができません。

海を移動することは、仮説実証型の研究です。
自分の力量と海の状況と天候やフィールド特有の環境を鑑みて仮説を立て、仮説を立てる論拠に海の知識や人の可能性を考え、知恵を絞りながら9割8分の負けない実証を行います。
結局海には勝てませんので、負けない、つまり死なずに無傷で生還をすることを第一義に置いて行動することが肝心要です。
その上に海に寄り添うことの楽しさや人との交流、プロジェクトの遂行などが上乗せされるのです。
今回も大島に渡るべくいろいろ思案していたのですが、
科学的なデータに基づく予報が一昨日から時間を経るごとに風位風速が変わっていくこと。
進行方向である北東方面からの波が昨夜も大きくうねって港へ激しく打ち付けていたこと。
そして、あとはなんとなくの直感です。
何故かイマイチ乗り気にならないという非論理的な話です。

もしイメージできないまま大島へ向かうとなると、
きっとどこかで私が見落としている海の罠にハマり、血路を開いてどうにか到達する可能性が頭の3割を占め始めたことが最大の要因かもしれません。
海との向き合い方において、7割勝機の戦には基本出陣しないのが臆病な私の鉄則。
現在目の前に広がる海は穏やかで正面に大島がくっきり見えている状態ですが、後悔はありません。
三十六計走為上。全軍撤退で荷物を纏めて本州島下田へ船で帰還します。
応援してくださった皆様には大変申し訳ありませんが、どうぞご理解ください。
生きてさえいれば、また凪ぐ日は必ずやってきます。
その時は1人でなく有志で渡ってみたいです。

船の出発は14:45。
それまで最後の日を島で堪能します。
8日目の朝、利島から北の伊豆大島を見つめる

肌で感じた海気

 なぜ私は島渡りを辞めたのか上記に書いたのだが…
 本当の理由は、「違和感を覚えるほど妙に温かくなった」からだ。
 いままで1週間かけて同じ海に向き合ってきたが、当日朝は冷や汗をかくほどの拭いきれない違和感があった。

 後に分かったことだが、黒潮の蛇行が当日朝に起こっていたようだ。

 この序章にも書いたが、黒潮は、日本の太平洋側の文化圏を培ってきた海流。
 ここ伊豆諸島では、黒潮が接近するか離れるか大きく海の雰囲気が変わる。

 この海の気の変化を「海気」と、師の内田正洋氏は解いたが、1週間過ごすことで、この海気の変化が肌で感じとれたのだ。

 現に、この後に乗船する神新汽船から見た海では、高いうねりの中、風に吹きさらされることになった。そして、当日昼に南伊豆では凪から強風となった。結果、撤退の決断は良かった…死なずに終えられた、それだけで上々

その日の朝

 その決断を高縄夫婦に伝えたところ、せっかくなので利島登山をしないか?と提案を受けた。

 利島には、中央に” とんがり山 ”宮塚山がそびえる―――標高508m

 ネイチャーガイド2人に連れられ、贅沢なハイキングへ

3人ともギョサンで登るスタイル

 利島は、周辺を黒潮という強烈な海流に囲まれているため、イノシシや猿、マムシなどの外来種の侵入を阻んできた。そのため、固有種が蹂躙されず、小さく多様な種が足元にそっと潜んでいた。

巨大な木々に、青々と苔が生え雄々しさを感じる

 山頂には展望台があった。登頂すると、絶景が広がる。

 伊豆諸島―――この1週間わたってきた海と、これから渡りたかった海、すべてが見られる。いつかの旅人も、こうして山頂から世界を見たのだろうか…

宮塚山山頂から伊豆大島を眺める

 こうして、また利島の魅力に触れることができた。ネイチャーガイドが存在するということは、貴重なんだ。

高縄夫妻との記念写真

つづく

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